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2011.10.29

横浜トリエンナーレ 2011

水曜日に行ってきましたトリエンナーレ!

来月六日までだから、あわてて駆け込んできたというところです(笑

本当は八月から行きたかったのに、暑かったり忙しかったりお金がなかったり心に余裕がなかったり…やっと行けたと当日券を買ったところで満足しかかりました。
とはいえ、時間の関係で横浜美術館の方だけ。

テレビ番組などで有名なオノ・ヨーコさんの電話ボックスや、お名前忘れましたが100人分の服をレコードのように巻いた作品がどーんとお出迎え。

普段は企画展や常設展があるスペースに見たり聞いたりできる作品群がたくさん。

てっきり「見る」だけのつもりでいたのですが、
「聞く」「感じる」ものも多くて、視覚と聴覚がフル稼働。
「見る」にしても、そこにあるものを見る、そこにないものを見る、覗き込む、眺める、凝視するなどバリエーションが。
あぁ、「見る」って色々あるんだなぁと思いました。
「聞く」も耳に入ってくるもの、聞こえないけれど聞こえそうなもの、音楽的なもの、話声、耳鳴りのなりそうな無音、うねる音、大きい音、いろいろありました。

artっていまいちよく分からないです。
何を伝えたいのか、何も伝えたくないのか、何を意図しているのか、考えさせることが意図なのか。
胸にずしんと来るような何かはなかったのですが、展示室から展示室へ、作品から作品へ移動するたびに違う感覚を味わって、殺伐とした気分になったり、神妙な気分になったり、いろいろ。

浮き足立ったり、うっとりするようなことがあまりなかったのは、現代アートだからでしょうか?

とりあえず、OUR MAGIC HOUR が垣間見えたのかなとは思います。

現実ではないかな、とりあえず(笑
色んな思いつきが形になって目の前にあるし、次々現れる作品群にちょっぴり混乱して頭の中の何かがマヒした感覚にはなります。

作った人の、見ている私の、頭の中、どうなっているんだか。

よくわかりませんねぇ。

でも、その分からなさが味わえたから良いかな、ということで、満足してきました。
夢の国とはまた違う、現実の中の非現実を見たい方は来週末までみなとみらい周辺でやっております^^

2011.10.18

I MUSICI 2011

少し間が開いてしまいました。
その間に色々あったんですが…ひとまず生きてます。毎日頑張ってる。

一昨日、みなといらい大ホールでI MUSICIのコンサートを聴いてきました!

二階から見下ろすような席でしたが、一階はほぼ満席。
クラシックだからか、中高年の方が多めでした。
私は珍しく若い方。小中学生くらいはもっと少ない。

曲目は、

モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク
モーツァルト:交響曲第40番ト短調(弦楽合奏版)
ヴィヴァルディ:協奏曲集「四季」全曲

と有名どころですね。
アンコールは四曲。コントラバスが置かれたままなので五曲目くるか!?と思ってしまいました。

2009年にも、同楽団の「四季」を聴いているのですが、その時とコンサートマスターが替わりまして、一昨日はアンセルミさんでした。前はサルヴァトーレさん。

印象としては、若くなった。
「四季」はCD版や2009年のスタンダートな演奏とは全く違い、
速く、荒々しく、溜めて、トリル多用、fpで落としてクレッシェンドする形、等々
スタンダートを期待していくと、かなり衝撃を受けるスタイルでした。

四月にベルリンフィルのアンサンブルで「四季」を聞いたけれど、そちらに近い形。
いや、もっと激しいかも。

そういう解釈もあるんだよね、と思いながら、私はあまり好きではなかったかも。
「秋」は特に、実りと祭のイメージを強く持っていたので、厚みがあった方が好きらしい、と自覚させられました。
否定はしませんが、好みじゃなかったかな。

なんとなく、コンマスに他が引っ張られているような感じがしました。
2009年はみんなで一つ、という暖かい感じがしたのですが。

代替わりすると、同じ楽団(メンバーも半数以上は同じ)でもがらっと変わるんだな、と驚かされた一夜でした。

自分の解釈や好みの在り方も考えるきっかけに。
エレクトーンも止めたし、ヴァイオリンは体調悪くて弾けない日が続いていますが、弾くとしたらどういう音楽をやりたいのか、少し見えた気がします。

色んな意味で、実りの秋の、実り多きコンサートでしたmaple

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