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2010.02.22

if,

もし、1年前に別の大学に進んでいたら?
もし、4年前の初めての受験で違う高校を選んでいたら?
もし、5年前のあのころ、一度でもT字路を曲がっていたら?
もし、周りに流されて中学受験をしていたら?
もし、引っ越さなかったら?
もし、帰国しなかったら?

もし、と考えることは止められない。
仮にあの時選ばなかった選択肢を選び直せたとしたら、私はどうなっているだろう?
そう考えずにはいられない。
今が辛くても、今が幸せでも、選ばなかった道にもっと良いことが待っていたのではないかと、高望みしたくなる。

人生は切り替えポイントが無数にある線路だから、
毎日、私たちは知らぬままポイントを通過していて、
その多くは通過してしばらくしてから通過していたことを知るのだと思う。
その時は、もう後悔しても遅い。

ありのまま、どんな今も受け止めていけたら良いのだろうけど、
受け止めるのに必死になるあまり、色んな事をキャッチしていたアンテナが錆ついて使い物にならなくなりそうで。
たまに現実を隅に追いやっておいて、考えたくなる。
列車の先頭車両じゃなくて、最後尾のデッキ車両へ。
前に進みながら流れる景色を見る時間へ。

もし、もしも…

問いかけて想像する。
でも、結局は選ばなかった選択肢たちだから、そこにリアリティは見いだせない。
選んできた道を進んできたからこそ、出会えた私がいる。人がいる。場所がある。

苦しい時も、最後はその出会いの奇跡を思って空想を終わらせる。
もし、と思うことは、薬に頼りたくない私の最善の解決法なのかもしれない。

2010.02.09

唐突に春。

常緑樹の冬仕様の濃い緑に、水色の水彩絵の具を薄めたような春仕様の空。
道行く人の格好もどこか戸惑った風にコートを羽織っていて、昼食を買いに出た私はパラレルワールドにでも迷い込んだのかと奇妙な感覚に陥った。
かくいう私も、セーターにロングコートを羽織っていたから、春先のような暖かい風とのずれを感じさせずにはいられない、変な人の一人なんだろう。

暦の上では数日前から春ではある。
でも、私の認識としては、二月は真冬だった。
それがどうした、今日は春でも、冬でも、小春日和でもない。
空の色も、街を駆ける風も「小」なんてところじゃない春。
しかし、街の風景は冬仕様。

この違和感が妙に居心地が悪い。

住宅街の向こうに、ランドマークタワーが見える。
冬の今なら、澄んだ氷を想起させるような青い空から浮き上がって見えるのだけど、今日のランドマークは暖かな空気と一体化して水彩画のように見えた。

やっぱり変だ。

暖かいのは好きだけれど、落ち着かない。


あるいは、車の教習で初めて一般道を走る、その緊張かもしれない。
ドライブ日和と言えば聞こえが良いけれど、そんなに舞台を整えられると私はどうにも萎縮してしまうみたい。

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